スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-- : -- : -- | スポンサー広告 | page top↑
ボタニカルアート
2009 / 01 / 07 ( Wed )
090107ルドゥテボタニカルアートrose090107ルドゥテボタニカルアート
ボタニカルアートの語源は、英語のボタニカル(Botanical=植物の、植物学の)とアート(Art=芸術、美術)が結びついた言葉で、直訳すると“植物学の美術”となります。植物を観察し、形や色、特色を写実的にかつ芸術的に美しく描いた絵をボタニカルアートといいます。いわば”植物の肖像画”です。ボタニカルアートは、ヨーロッパで生まれました。17世紀~18世紀以降、ボタニカルアートと植物学が大きく発展してきました。ボタニカルアートを代表する画家といえば、ピエール=ジョゼフ・ルドゥテ (Pierre-Joseph Redoute、1759年7月10日 - 1840年6月20日)が代表です。ルドゥテは南ネーデルラント出身のベルギーの画家。ユリやバラなどの植物を描いた博物画を多く残しており、「花の画家」「バラの画家」と呼ばれています。銅版画による多色刷り印刷を確立した人物と言われる場合もありますが、彼の作品はすべて手彩色による修正が施されています。ルドゥテはなぜ薔薇を描こうと思ったのか。

ナポレオン1世の皇后ジョゼフィーヌがマルメゾン宮殿にバラ園を営み、世界中からバラを蒐集していることを知ったルドゥテはバラの絵を描く事を思い立ち、ジョゼフィーヌからバラ園の出入りの許可を得ました。以来、ルドゥテはマルメゾン宮殿のバラや他の植物の絵を書くことになりました。彼はいくつかの植物図譜を著しますが、その中でも「バラ図譜(Les Rose)」は最高傑作といわれています。「バラ図譜」はジョゼフィーヌの死後の1817年から1824年にかけて全3巻に分けて出版されました。「バラ図譜」には170種のバラが精密に描かれ、芸術的価値だけではなく植物学上も重要な資料となっています。「バラ図譜」の原画は1837年にベリー公妃、マリー=カロリーヌ=フェルディナン=ルイズ=ド・ブルボンの口利きで国家に買い上げられることとなりますが、1871年のルーブル図書館の火災で消失したと言われています。写真の薔薇と水仙、200年の時を経ても感動しきりです。(藤原裕子)


22 : 53 : 35 | Various arts | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<春のひな人形展 | ホーム | シャガール秀作版画展>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://azuminoacf.blog105.fc2.com/tb.php/171-a406a9da
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。